8/17(水)扇風機の配布とヒアリング【湊地区周辺】

この日は、S君(東京在住、関東での家電回収の仲間)とともに、石巻の湊地区を中心に扇風機を配布。
扇風機配布もさることながら、チーム王冠の大きな役割は、住人の話を聞いて現在の状況を知り今後の支援につなげること。

例によって名簿を元に配布先の場所を地図で確認、車を停めて目的のお宅を訪ね、扇風機をお渡しし、「ところで最近困っていることないですか」と問いかける。
また、【チーム王冠と協力している団体が瓦礫撤去や、泥出し、家具の洗浄などのボランティアを派遣します(もちろん無料)】というチラシの配布も兼ねていた。

老夫婦が出てこられたAさん宅にて。
「困っていることありませんか?」とお尋ねすると、お母さんの方はうつむきながらじっと考えるような目をして沈黙。私の方で、つい「困ってることだらけですよね、すみません・・・」と言ってしまう。

しばらくして、「うーーーん、、、、もう我慢することに慣れてしまったような…。いつまでもひと様に頼っちゃいけないんですけど…。」と遠慮のようなあきらめのような沈んだ表情でポツポツと話し出した。
「買い物が遠くて困る。車はあるけど普段は若い者が仕事に使うから、週末しか使えない。」
カップ麺などの保存食があると助かる」と。

本当はもう少しじっくりお話を聞いて、もしも胸のつかえが少しでも楽になれるのなら聞きたかったけど、この後の配布先もたくさんあるし、、、と後ろ髪を引かれつつ失礼して来た。

その他の方からの言葉を抜粋すると、

  • 30代くらいの女性・・・「この辺は年配者が多い。泥かきとか水道漏れとか、自分では対処できないけど、遠慮して他の人にも頼めないみたい。」 →上記の泥出しボランティアのチラシの説明をした。
  • 60代くらいの女性・・・「いろいろ物資配布していただいて助かっています。贅沢は言っちゃいけないけど、ミシンがあると助かります。この辺は買う場所もないし、自分で作った方が安いから。」
  • 30代くらいの女性・・・「川の向こう岸を見ると、震災前より下がって見える。向こうの人もこっち側が下がって見えるんですって。やっぱり地盤沈下しているのね。この辺は強制退去になるかもしれないけど、坪1万円での買い上げと聞いている。この家を建てたばかりで、30年ローンがあるのに、それじゃあ困る。」

いろいろ話を聞いていると、行きつく先は「経済」だ。


地盤沈下している旧北上川

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ある地区にて扇風機を配っていると、年配の女性が私たちに近寄って来た。
「あなたたち、昨日も冷蔵庫とか配ってたわよね? どういう人たち?」というところから始まり、「うちのお隣は、もう家電を2つももらったのに、うちには1つも来ないのよ」と、冷静を装いつつ、しかし見過ごせないという雰囲気で、静かにだが繰り返し私たちに訴える。

S君がきちんとチーム王冠の説明をし、グループに入っていれば、事前アンケートに基づいて、家電が配布されること、きょうの優先順位のリストの中にはあなたのお宅は入っていないことなども説明した。
住所と世帯主のお名前を聞いて、確認して返事することにした。結果的に、後で名簿を確認したら、その方はちゃんとグループに入っており、扇風機の優先順位は2位だったので、翌日に別のボランティアが配布したとのこと。

扇風機は軽のバンのような車でも配布できるが、冷蔵庫や洗濯機はそうはいかないし、事実前日には4トンのトラックで冷蔵庫を配布しており、目立つ。何事かとみんなの関心が集まる。ましてや、お隣がどういうわけだか2つももらっていれば無関心でいられなくて当たり前だ。



別な地区でも、配布対象ではないお宅のおばあさんが来られて、「うちにも欲しい」と。
配布リストを確認するが、お名前はない。

困ったことに、配布される対象の人たち数人も、自分たちだけもらうのは気が引けると思ったのか、「ここにもあげて。困ってるのよ」というように遠慮がちな援護射撃でおばあさんに加勢。

例によってアンケートに基づいた優先順位の話を説明するが、納得できない様子。困ってしまって、「上の者に確認しますね」と言って、背を向けて王冠の寺岡さんに電話で相談した。当然寺岡さんの回答も決まっている。
しかし、電話を終えると、こちらで話し出す前から「分かりました。大丈夫です」とのこと。私たちの一存で勝手にはできないことだと納得してくれたようだ。

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【湊地区のKさん宅にて】
了解をいただいて撮影させてもらいました。

白い外観がとってもきれい。


でも中は津波にやられていました……。
1階の、3部屋並んでいたというところの真ん中に立って、奥と手前を撮影。

真ん中の部屋から奥の方。

真ん中の部屋から玄関に向かって。

廊下で、お母さんが「ここまで津波が来たの」と指し示してくれました。


お母さんのお話。
37歳の娘さんが離婚してここに孫と一緒に3人で住んでいたが、震災で亡くなった。孫には母親がわりにはなれない。
息子が心配して、一緒に住んでくれるようになった。
床の泥だしはボランティアさんにやってもらった。今着ているものも下着も、孫のものもみんな寄付してもらったもの。本当に全国の皆さんのおかげ。ありがたいです。


被災していない人たちに現状を分かってもらいたい、もう少し応援していただきたい、と撮影も快く受け入れてくださって、それまで夕暮れの薄あかりだけで食卓を囲んでいたのに、全部の部屋の電気をつけてくださった。
「孫には母親の代わりにはなれない、母親の代わりにはなれない。でもどうしようもない」と、顔をゆがめて辛そうに何度もおっしゃっていた。

私が「至らないことばかりですけど、これからも応援し続けますから」と言ったら、「ありがとうございます」と頭を下げて、息子さんと一緒に直立不動で見送ってくださった。


この後も真っ暗になるまで、数件のお宅に扇風機を配布して終了。



湊地区の風景。こういう町の風景に囲まれて、津波にやられた1階を片づけつつ生活している人がたくさんいるのだ。